エングラム






ずっと住んでいる玄関を何故か懐かしく感じながら、ただいま、といつも通りに帰宅した。

「おかえりシラン、お泊り楽しかった?」

「あー…いきなりでごめんね」

ベースを背負い直し、玄関口まで来た母に軽く謝罪する。

「それより、その服は?」

その言葉に、自分の服装に目を落とす。
…シイから借りたジーパンとTシャツ。メンズモノだよこれ。

「…泊まった友達の服は小さくて、そのお兄さんのなんだ」

視線を迷わせることも、言葉に詰まることもなく、なかなか上手い嘘がつけたと思う。

「そう?彼氏かと思った」

図星ですごめんなさい。
彼氏です、忘れてたけど社会人の彼氏です。

「さすがに男の子と一晩過ごすのは…ねぇ?」

その一言に、持っていた熱が急激に冷めた。

この年頃の子をもつ親は、こういうことにうるさい。
当たり前、なのだが。

少しむっとしたが、苦笑しながら答える。

「大丈夫だよ、そんなことないから」

やましいことは、何もない。

答えてから階段を上り自室に入った。



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