エングラム
「──もしもお互いのこと、忘れたらどうする」
シイの低い声が紡いだ言葉は、疑問文と言うには、やけに確信めいたものがあった。
風が髪を、撫でる。
あまりに突然な言葉だったから、返せなかった。
「ごめんなんとなく聞いただけだから──気にすんな」
シイが私にベースを渡す。
「服は洗って返すな。あと──」
「あの」
私は何故か小さく挙手をして、彼の言葉を遮る。
「…紫蘭の花言葉は“あなたを忘れない”ですよ」
そう言って、笑いかけることが出来る距離。
「今度、って約束してることいっぱいありますし」
そう言った瞬間にシイが私の頭を撫でた。もう肩は怯えない。
その大きなドラマーの手が頬に移動した。
「夏休みが終わっても、また今度、って言い続けることが“乙女の願い”です」
社交辞令でもただの遊びでもない、約束である、今度という言葉が欲しい。
シイが私の額に唇を当てた。
「その願いも約束と受け取ろう。──じゃあ、また今度な」
笑みに見送られて、別れた。