エングラム
──…それから一週間して、合唱コンクールの練習が本格的に始まった時だった。
「おいシランさん」
「何、委員長?」
昼休み、一人音楽室でピアノを弾いていたら委員長がやってきた。
衣更えも済ませたこの時期は、ワイシャツではなく学ランだ。
防音仕様の厚い扉を丁寧に閉めて、よっ、と彼は片手を上げた。
「さっき弾いてたの、蒼鷺?」
「あー…うん」
蒼鷺は、合唱コンクールで自分らのクラスが歌う曲だ。
私は伴奏ではないが、なんとなく弾いていた。
作詞は更科源蔵。作曲は長谷部匡俊。よく合唱に用いられる、蒼鷺を唄う少し冷えた曲だ。
「弾いて」
委員長はピアノに体を預け、私の顔を見て言った。
「うん」
私は返事をすると、鍵盤に指をおいた。
弾き始める、重い旋律。
私が弾いている間、委員長は目を閉じて、空気を震わす音に浸る。
最後にフェルマータで音を実らせ、鍵盤とペダルから体を離した。