エングラム
「伴奏のあいつより上手いな」
「お世辞は良いよ」
言いながら顔の前で手を振る。
「リクエストして良い?」
ピアノに肩肘をつき、委員長は少し微笑を浮かべながら言う。
どうぞ、と意味合いを込めて手を広げた。
「ショパンの、──…願い」
私の手が、止まった。
「え?弾いてくれないの?」
わざとらしい驚いた顔は確信犯。
だが何故私も、こう思って、手が凍ったのだ。
顔を歪ませ、鍵盤を見た。
「…前よく弾いてたじゃん」
けどこれは、今は弾きたくない。
何故かと言われても分からない。
「好きなんじゃないの?」
「……ショパンは、好きだよ」
やっと声がでた。だが思ってた以上に暗い声だ。
「──…お前の弾いてたその曲はさあ、」
溜め息混じりに言って、委員長は自分の短い黒髪をかく。
「誰かに贈ろうとした唄じゃないの?」
少し間を空けてから、そうかもねと呟いた。
──…変わらぬ愛…。
低い声が私を呼ぶ。私の知らない私の名を。
「あなただけの太陽になりたいって、そんな詞がついてる曲じゃん」