エングラム
乙女の願いと呼称される曲に相応しい詞。
何かを誓った気がして、何かを約束していた気がして。
迷子のような不安を覚える。
鍵盤を映す視界が揺れる。
「誰に弾きたかったんだよ」
拭いきれない違和感。
意識の底で、誰かと誓った遠い日。覚えなどない癖に。
誰かに愛されることもないしと、私にはオウ兄だけだと決めているのに。
「…弾けば良いんですか?弾けば!」
口調は敬語。私は彼を見ず、口元を歪める。
──音を紡ごうとした手が、捕まれた。
「それさ、オレの為に弾かない?」
私は少し苛々していたし、ロマンチックのカケラもない雰囲気なのに。
日に焼けた顔を真っ赤にした委員長が言ったのだ。
「どうせだったら、オレの為に弾いてよ」