ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


 

「タイムオーバー。

ぎゃははははは」



一気に、片手だけで煌の身体ごと大きく弾く。


煌は宙でひらりと一回転をして、何事もなく地面に着地したが、

その顔はかなりの悔しさを滲み立たせて、男を睨んでいる。


「相変わらずとろいな、"暁の狂犬"は。ぎゃはははは。

それよりいいんか、アレ放置で」


思わず反射的に金髪男の向いた先を目で追い、そして気づく。


男に――

打ち捨てられた、血塗(まみ)れの少女。



「……馬鹿ッ、芹霞、戻れッッ!!!」



煌の慌てた声と同時に、ガキンという刃同士がぶつかる音がする。


偃月刀と鉤爪の交えた音だろう。


「大丈夫? しっかりして!」


構わず、あたしは少女に走り寄った。


少女の首に絡みつく長い黒髪は、己の赤に染め上げられて。


その間から見える、真紅に裂けた喉元から、ヒューヒューという空虚な呼吸音が聞こえる。


醜悪な鉄の臭いに混ざり、微かにふわりと何か甘い香りが鼻孔を擽(くすぐ)った。


――薔薇の花……の香り?


少女は徐(おもむ)ろに、宙に手を伸ばした。


あたしは夢中でその手を握る。


「……?」


固形物があたしの手を掠めた。

 
薄い何かがあたしの手にある。


それは、あたしの小指の爪ほどの黒い物体で。


少女の口から、吐息のような声が漏れる。


あたしは固形物を反射的にポケットに入れ、反対の手で少女の手を握りながら、その口元に耳を寄せた。



「……パ…ワ……」



"パスワード"



「……ア……リ」



"アリス" 


そして少女はがくんと力尽きる。


「ちょっと、ちょっと!!!?」


あたしは叫びながら、少女の双肩を揺らした。


力無くした少女の腕がだらりと落ち、地面の真紅色は拡がっていく。


その時、"何か"が視界に入り、あたしはそれを確かめる。



「薔薇……?」



少女の下腕に見えたのは…



赤い――

鮮血のように赤い薔薇の花。



「痣(あざ)……?」



その時――だった。
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