ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
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櫂達は軽い身支度を終えると、マンションから出て行ってしまった。


家に残るのは、あたしは陽斗と由香ちゃんだけ。


由香ちゃんは、玲くんの部屋に閉じ篭っている。


時折――

"うぎゃー"だの"びえーん"だの…

大きい独り言が聞こえてくるから元気だとは思うけれど、常日頃玲くんから絶対ドアは開けないでといわれている以上、想像するしかない。


あたし達の協力を決心するまで、彼女も彼女なりの葛藤があったはずだろうが、天衣無縫というべきか、マイペースのままで馴染んでしまったように思える。


――うん、判ったよ、師匠!!! 頑張るよ!!!


特に玲くんを見る眼差しは、

オタク魂に火がつけられたような…そんな憧憬の色が濃い。


恋する乙女のものとはまるで種類が違い、純粋に玲くんの"オタクさ"に心酔したというような――

いうなれば、煌が櫂を見る眼差しにも似ている。


にっこりほっこりの白い王子様は、アニオタの師匠になってしまった。


玲くんは苦笑するばかりだったけれど、それでも話が通じる弟子が持てて嬉しいのか、家から出て行く前に、部屋に案内していたその姿は、心なしか…軽やかだった。


彼女の作ったゲームで、数え切れないほどの被害は出ている。

それはいまだ…櫂を襲うおかしなものとして続いている。


誰1人として由香ちゃんに詰る言葉を向けないのは、その奇天烈さに苛立った声を出さないのは――

皆にも判っているんだ、由香ちゃんの後悔が。


表層に見えるものだけが真実ではない。

だからこそ、挽回のチャンスを与えたんだろう。


もう由香ちゃんは、ただのアニオタじゃない。

玲くんに次ぐ…立派な戦力だと期待されている。


だからこそ、由香ちゃんは派手に喚きながらも…頑張っているのだろう。


不思議だね。


昨日までは…他人より遠い、ただの桐夏生だったのにね。


人生…いつどうなるのか、判らない。


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