ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「君もその気狂(きちが)いの血を濃く引いているんだろう?
いいのかね、そんな者を傍において、気高き獅子?
わざわざ不安愁訴を手元におくなど、賢しい者の取る術ではない。君の技量が問われるぞ?
愚かな子供だと思われたいのかね?」
10人分の薄ら笑いが男の罵りに乗じる。
玲様の顔に、隠しきれない情が浮かんだ。
それは、怒りではない。
それは――
悲しみ。
そして痛み。
彼が今まで押し殺していた負の感情か。
反対隣では橙色の馬鹿が飛び掛りそうな勢いで。
状況判断に甘く、自制心が欠如している馬鹿蜜柑に私が焦った時、櫂様が一度だけ後ろを振り返り、そんな煌を目で制し、続いて私、そして悲痛さに目を伏せる玲様に目を向けた。
それはほんの一瞬の出来事だったけれど。
櫂様は確かに微笑んだのだ。
そして櫂様は前方に顔を戻し、一歩前に出る。
「それならば。気狂の血を引く玲を必要とする私は、それ以上の気狂いということ。
完璧主義の私の信条らしく、いっそ此処で完璧に狂ってしまいましょうか。
此の場でどんな事態になろうとも、そこは心神喪失故の、そして子供故のご愛敬。どうぞ笑ってお見過ごし下さい」
笑みを浮かべているものの、冗談に思えない櫂様の強い語気。
暗に、玲様を傷つけるなら攻撃も辞さないと…
穏やかな笑みに隠した鋭い牙。
だからこその『気高き獅子』。
元老院と紫堂の関係を判っていようとも、
今も昔も変わらず、その意思は揺るがない。
ああ、やはり櫂様は櫂様だ。
玲様は……
俯いた顔を少し上げ、櫂様の背中を見ると唇を噛んでまた俯いた。
判る。
玲様は、嬉しさを噛み殺している。
そして櫂様は――
「私め如きにご憂慮頂き、誠に有り難うございます。本来ならば元老院の皆様と御目文字叶わぬ我が部下まで、特別のご配慮、至極光栄にございます」
それは優雅な物腰で。
深々と丁重に頭を下げたんだ。
そのうっとりとするような一連の流れに、異を唱える者などあるはずがなく。
暫しの主役は櫂様唯一人――。