ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



「冗談、だったの?」


縋るように…半ば脱力気味に見上げたその先は、ただ意味あり気に微笑むばかり。


いつも通りの空気が流れてほっとしたあたしは、


「玲くん、からかうのやめてよ~。玲くんがあたしをそんな対象に思ってないことくらい、あたし判るもの。藤姫のせいでしょ? まさか玲くんまで豹変するとは思わなかったけど、正気に返ってよかったよ」


強く握りしめた玲くんの拳から、忍耐故に…血が滴り落ちていることに気づかなかった。



「ねえ、芹霞」


あたしは首を傾げる。



「……君はまだ…

本当の"僕"を望むかい?」



「え?」



「君が望むなら……


此処でのことは…

なかったことにしないで」



鳶色の瞳は、痛いくらいに真っ直ぐで。



「君が望まないなら……


此処であったことは忘れて欲しい」



ずるいよね、玲くん。



「言ってるでしょう。あたしは本当の"玲くん"を解放したいって」



判ってて言うんだね。


どうして笑い話に流させてくれないのかな。


玲くんだって忘れたいでしょうに。


よりによってこのあたしと、

恋人のような深いキスをしたなんて。


お願い。


あんまりこっちみないで。


あたし、意識しちゃうから。


 
「芹霞、君は――…

"僕"が怖くないの?」


何かを恐れるように揺れる鳶色の目に、弱々しい光が強く湛えられる。


「玲くんが"玲くん"であればいい。

あんなことで、"玲くん"が居なくなるのは嫌」


「……あんなこと、か……」


「え?」



「いや……。


芹霞、僕は…

なかったことにはしないから」



決意めいたその眼差しは、煌の様だった。


< 794 / 974 >

この作品をシェア

pagetop