ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「冗談、だったの?」
縋るように…半ば脱力気味に見上げたその先は、ただ意味あり気に微笑むばかり。
いつも通りの空気が流れてほっとしたあたしは、
「玲くん、からかうのやめてよ~。玲くんがあたしをそんな対象に思ってないことくらい、あたし判るもの。藤姫のせいでしょ? まさか玲くんまで豹変するとは思わなかったけど、正気に返ってよかったよ」
強く握りしめた玲くんの拳から、忍耐故に…血が滴り落ちていることに気づかなかった。
「ねえ、芹霞」
あたしは首を傾げる。
「……君はまだ…
本当の"僕"を望むかい?」
「え?」
「君が望むなら……
此処でのことは…
なかったことにしないで」
鳶色の瞳は、痛いくらいに真っ直ぐで。
「君が望まないなら……
此処であったことは忘れて欲しい」
ずるいよね、玲くん。
「言ってるでしょう。あたしは本当の"玲くん"を解放したいって」
判ってて言うんだね。
どうして笑い話に流させてくれないのかな。
玲くんだって忘れたいでしょうに。
よりによってこのあたしと、
恋人のような深いキスをしたなんて。
お願い。
あんまりこっちみないで。
あたし、意識しちゃうから。
「芹霞、君は――…
"僕"が怖くないの?」
何かを恐れるように揺れる鳶色の目に、弱々しい光が強く湛えられる。
「玲くんが"玲くん"であればいい。
あんなことで、"玲くん"が居なくなるのは嫌」
「……あんなこと、か……」
「え?」
「いや……。
芹霞、僕は…
なかったことにはしないから」
決意めいたその眼差しは、煌の様だった。