ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
「逃げるわけねえだろ、
この腐れ蜜柑がッッ!!!」
腹立たしい橙色の大男を真下に見据えて、私は裂岩糸の網を魔方陣に投了した。
いける。
感触がある。
力ない私でも…
出来ることがあったんだ!!!
「ナイス、桜!!!」
馬鹿蜜柑と玲様の声が同時に聞こえた。
魔方陣に在る中央の石が、崩れて行く。
藤姫の顔に、動揺の色が走り…詠唱は止められた。
場の瘴気に変化が生じている。
殺意めいた攻撃性は薄れている。
しかし薄らいでいるだけで、喪失したわけではない。
今度の発生源は――藤姫本体からだ。
魔方陣がなくても力は体内に残るのか。
それとも、"同化"現象でも起きているのか。
伊達に100年以上生きていないらしい。
どの代かの緋影の身体に、
紫堂と同じような"力の種"でもあったのかもしれない。
長期間に培養された"力"は…
「くっそ!!! 魔方陣がないのに、まだ近づけれねえのかよ!!!」
己が自然と纏う自動結界となる。
例えそこに攻撃力はなくとも、守備力だけは完璧だ。
煌の炎も玲様の電気の力も、弾かれる。
藤姫の顔に、また余裕の色が戻った。
藤姫本体を何とかすれば結界は薄れるだろうが、その藤姫に近づけられないこのもどかしさ!!!
藤姫が生きているだけで、何も出来ないこの腹立たしさ!!
どうすればいい!!?
このままなら平行線だ。
この間にも、芹霞さんは――!!
その時、視界に居た玲様の姿がすっと消えた。
そして気づいた時には藤姫の懐に居て、外気功で彼女の肩を穿つ。
すんなりと難なく――
「きゃああああ!!」
彼女は攻撃を受けた。
「やはりね。君はまだ亜利栖の身体に馴染んでいない。紫堂の…遠隔的な力は弾けても、至近距離からの単純な体術……肉弾戦には対処出来ない。素人の…小娘だ」
藤姫は、怒りにわなわなと唇を振るわせている。
「よくも……。よいか、氷皇がお前達を……」
「あ? 氷皇を抑えられる緋狭…紅皇はこっちの味方だ。氷皇なんざ、怖くもねえ」
「……なッ!!!」
「お前を守る魔方陣も盾も無くなった。後は闇の根源である黒の書……お前自体を何とかすればいいわけだ。さあて、どう料理してやろうか」
かつての制裁者(アリス)の名残を残しているかのように…好戦的に輝く、褐色の瞳。
すると突然、藤姫が笑い出した。
「例え私が滅んだとしても、呪詛を何とかしない限りは闇の力は収まらぬ。あの愚かなる小娘諸共、此の世に荒ぶる力となる。
さあ、どうする。
あの闇を制御可能な魔方陣はお前達が壊した。
紫堂櫂が死ぬまで闇の力は収まらない!!
さあ、紫堂櫂を殺してみよ、すれば闇は収まるッ!! あははははは」
もう――
気狂っているのだろう。
だが、藤姫の言うことが正しいのであれば、呪詛の矛先を何とかしなければ真の解決にはならない。
外界の闇の暴走は止まらない。
闇と共に芹霞さんが呑まれていく。
櫂様…。
櫂様!!!
その時だ。
凄い音がして天井が崩れ落ち、
真上から――
「櫂様!!!!」
櫂様が飛び降りてきたのは。