オバケの駐在所
「……その話はもういいよ」

思わずおでこを化粧張りの
テーブルに当てた。

「なんです?犬の話って」

やはりだ。
マスターはちゃっかり
小耳を立てていたのか、
いつもの嫌な間で
横やりを入れてきた。

「聞いてみたいものですね」

「つまらない話だよ」

若い頃にいれたソリなのか、
もしくはただ髪の毛が
薄くなったのか、
マスターは髪の生え際を
光らせている。

小百合は話の接ぎ穂に
口にスコッチを運んだ。

「私が足を怪我して、
歩けなくなった時が
あったのよ。
中1の時よ。
塾の帰りで駅前に置いてた
自転車が盗まれてね。
その日は流行りのドラマの
最終回があって、
毎週友達と男があーだ
女がこーだって
盛り上がってたから、
絶対に見たかったのに、
まわりに頼る人はいないし。
でも、仕方ないから
警察行くのは後にして
とにかく走って
帰ろうとしたの。家までね。
そしたらさ、
私運動神経いいほうで
めったに足なんか
くじいたりしないんだけど
やっちゃったのよ。
痛くてもう歩くことも
できなくなっちゃったの。
時間も無くて、
家まで遠いし痛いしで、
なんでこんな時にって
ほんと泣けてきたのよ」

「ほう」

マスターは話の腰を
折らない程度に
テーブルの向こうで
静かに手を動かしている。
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