オバケの駐在所
小百合は口元に
偏屈な笑みを浮かべている。

「それでどうしようって
思ってたら、
急に後ろから『おい』って
低い無骨な声が聞こえて、
この人がジャージ姿で
息を荒くして
足踏みしてたの」

「ストーカーですかな」

「マラソンしてたんだよ。
運動会が近かったし
リレーの選手に
選ばれてたからな」

「そう。
それでおんぶしてくれたの。
この人がね。
堅司にはあの時みたいな
ひたむきと素直な心を
忘れないでほしいのよ。
……けどそれで走りかたが
ただ事じゃない勢いだったから
散歩中の犬に
足を咬まれたのよね。
当時は顔にも出さなかったけど
あれは笑えたわ」

酔いで俺の目は
モンシロチョウみたいに
泳いでいたが、
笑い声はすんなりと
聞こえてきた。

「でもおかげで
ドラマには間に合った。
ありがとうね。今さらだけど」

……お礼なんて
似合わないことを。
こいつこそ酔っているな。

くるりとステアしたカクテルを
マスターは丁寧に
グラスに注いで、
それを渡してきた。

「マンハッタンです。
よかったらどうぞ。
ちなみにその殊勝な行いは
運動会に
反映されたのですか?」

内輪話なのに
ずいぶん便宜をはかる人だ。

俺はそれを快く受け取る。
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