ホタル
「連れ去って、誰も知らないところで二人だけでいたかった。でも…そんなの、無理だってわかってた。あの時の二人で、幸せな未来は見えなかった」
今でも鮮明に覚えてる、あの夜。
海の音も、砂の感触も、朝の光りも、あたしの涙も。
「…今なら、見える?」
小さく呟いた問いに、裕太は答えなかった。
代わりにそっと、腕に力を込めた。
「…俺は、朱音がいればいい」
裕太の呟きが、お湯と同化してあたしの皮膚に染み込んだ。
身体中にできた甘い傷に、涙が出る程しみる。
裕太に後ろから抱き締められる。あたしはこの体制が、多分一番好きだ。
本当の幸せを知らない二人の、本当の表情を見なくてすむから。