ホタル


「お前に朱音を殴る権利があんのかよっ!」
「裕太っ」
「今まで散々俺達のこと無視してきたくせに、今更何だよっ!もう何もかもが遅いんだよっ!!」
「裕太っ!」



…再び乾いた音が響いた。

それはあたしの頬じゃなく、裕太の頬で。



目の前で、お母さんの手が震えていた。



場の空気に相応しくない古時計の音が、静寂をまぎらわしていた。

時間の止まった様な空間の中、裕太の力がすっと抜ける。

同時に、あたしの力も抜けた。


「…俺は」

今にも消えそうな、裕太の声。


「あなた達よりはずっと、朱音を見てきた」


裕太の服を握りしめるあたしの手を、裕太はそっと離した。

そのまま何も言わずに、部屋を後にする。

裕太の足音だけが、残されたあたし達の間に残った。


『朱音を見てきた』



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