ホタル



……………


「ただいま」


夕食の片付けもすんでいい加減不安を無視できなくなった9時半頃、ようやく待ち望んだ声が玄関から届いた。

お茶の用意をしていた梨華さんよりも早くあたしは廊下へ駆け出す。

「......どしたの?」

玄関でマフラーを取りかけた裕太はあたしを見て驚いた様に呟く。多分、切羽詰まった顔をしていたんだろう。

「いや......お帰り。遅かったね」
「そう?」
「今テスト週間でしょ?裕太、テスト週間は昼には帰るから......」
「あぁ。明日のテスト余裕だからさ、ちょっと息抜き」

あっさりと言いながらスニーカーを脱ぎ、「心配かけたならごめんね」とあたしに笑顔を向けた。


いつの間にか、裕太はあたしの背を越していた。


「もう......連絡くらいしてよね」
「うん。ごめんね」
「ご飯食べた?今日佐知子さんの和食......」

裕太があたしの隣をすり抜ける。「佐知子さんだったんだ、今日の夕食」と残念そうな声が聞こえる。でもあたしの意識は、そこにはなかった。


「朱音?」


呆然と立ち尽くすあたしに、数歩先の裕太は振り向いて声をかける。その声でようやく思考回路が動き出した。



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