ホタル
「え?あ......ううん。ご飯食べないなら、お風呂入っちゃいなね」
わざと明るくそう言ったあたしは、「着替えてくるね」と階段を駆け上がる。そこでようやく、まだ自分が制服のままだということに気付いた。
部屋のドアを開けて転がり込む様に暗闇の中に入ると、ドアを閉めてそのまま崩れる様に床にへたりこむ。
落ち着く様に何度か大きく呼吸をして、それでも苦しい胸をどうすることも出来ずにブレザーの胸元を強く握った。
裕太があたしの隣を通った瞬間。
あの香りは、よく知っていた。
クラスの女の子達からよく香るそれ。
香水の、甘い香り。
「......動揺するな」
下唇をキュッと噛み、言い聞かせる様に深く呟く。
裕太の制服から香る女の子の香り。
それが何を意味するか、あたしにはよくわかってた。
わかっていた。いつかはこんな日が来るんだって。
泣きたくなった。でも泣かなかった。泣いたらもう止まらないと思った。泣かないことで、ギリギリ気持ちを抑えていた。
キュッと固く目をつむると、真っ赤な暗闇が見えた。