ホタル


彼は目を細目ながらあたし達の方を向く。ドアから射し込む光が、多分後光の様にあたし達に降りかかっていたのだろう。彼が2、3歩階段を上がった所で、ようやくお互いの顔を見ることができた。

「大介に聞いたら、多分屋上だって」

この声を耳にするのも、いつぶりだろうか。走馬灯の様に記憶が脳内を駆け巡る。









『ラブホ行く?』

『結局朱音は、俺を通して誰を見てるの?』

『あたしを赦さないで』







『赦さないで』










「......あたし、先に行ってるね」

英里の声で現実に引き戻された。思わず顔をあげる。
小さく頷いた英里は、平岡君にも軽く会釈して階段を降りていった。

カンカンカンと、英里の足音が2人の間に響く。
それはだんだん小さくなり、やがて吸い込まれる様に消えた。

静寂が訪れる。
交わらない視線を持て余す。

「......卒業」

ふいに平岡君が口を開き、あたしはその声に思わず顔を上げた。ようやく2人の視線が交わる。

「卒業、おめでとう」

平岡君の笑顔はあの頃と何一つ変わっていなくて、あたしの胸は一層痛んだ。優しい笑顔。そうだ。彼は本当に優しい人なんだ。なのに。


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