ホタル


頭が真っ白だった。こんな経験は初めてだ。ただ気付いたら駆け出して、無我夢中でその場から離れようとしていた。


…何を今更傷ついてるの?裕太に彼女がいることなんか、随分前に知ってたじゃない。


部屋に駆け込んだ。どうやって帰ったかいまいち記憶が曖昧だ。ただクリアに脳裏に浮かぶのは、闇の中で煙草を吸う裕太の姿だけ。


あたしは泣いた。しばらく裕太は帰ってこないだろうと思ったから、泣けた。例え帰って来ても、寝たふりをすれば今日はもう会わずにすむ。


泣いて、そして、あの猫なで声の女子高生を死ぬほど羨ましいと思った。死ぬほど、憎いと思った。そんなことを簡単に思うあたしを、悪魔みたいだと感じる。

そして、決意した。










…泣くだけ泣いたら、塗りつぶそう。あたしの全てを。二度と、見えないように。

こんなに苦しいのなら、愛なんていらない。もう傷付きたくない。誰でもいいから、逃げさせて。誰でもいいから。


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