剣と日輪
 の如き大衆受けのする不滅(ふめつ)のラヴストーリーを、描きたかった。ポピュラーな富と名声を、手中に収めたかったのである。
 素案(そあん)は学生時代から、温めている。後は物語の背景だった。伊豆の様な温暖で牧歌的(ぼっかてき)な地が、望ましい。伊豆は文豪達によって開拓が済んでおり、新たなる恋愛の聖地を要した。それも無名の土地が、ベストであろう。
 公威は国内旅行を余りしていなかったので、楽土(らくど)を探しあぐねた。津々浦々(つつうらうら)を視察するゆとりはない。公威は梓に、
「漁村を小説の題材にしたい。メルヘンチックな、例えばエーゲ海の小島のような島はないだろうか」
 と相談を持ち掛けた。
 梓は、
「愛息(あいそく)の手助けになるなら」
 と古巣の農林省水産局の熟練(じゅくれん)技師(ぎし)達に、候補地の検索(けんさく)を依願(いがん)したのである。
「元水産局長と、その令息の高名な作家の為。大げさに言えば日本文学への献身」
 ということで、技師達は四日かけて全国の鄙(ひな)びた漁村をマークし、やがて三重県の、
「神島(かみしま)」
 なる格好の孤島(ことう)を見出(みいだ)してくれた。
 公威は、
「神島という島名が、小説のテーマに合致(がっち)している」
 と興味をそそられ、現地に足を運ぶことにした。
 昭和二十八年三月、公威は伊良湖岬と答志島の狭間(はざま)に浮かぶ神島に、やって来た。
「水産庁長官の紹介状」
 を携行(けいこう)していたので、地元民の歓迎振りは半端(はんぱ)ではなかった。
 寺田宗一漁業組合長の私邸に宿泊し、連夜の酒宴、島民挙げての持成(もてな)し、ドラム缶の風呂での息抜き、といった、
「桃源郷(とうげんきょう)のような十余夜」
 だった。公威は質朴(しつぼく)な海(かい)心(しん)と島景(とうけい)に惚れ込んだ。
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