剣と日輪
憂国編金閣寺
 公威は即日、週刊読売の編集部に電話をした。編集局長は、早稲田大学バーベルクラブ主将玉利斉とわたりをつけてくれ、九月七日、公威は玉利と日活ホテルのロビーで会面(かいめん)したのだった。
 玉利は早大第四代総長田中穂積の孫で、未だ大学生であった。玉利はロビー喫茶で、オレンジジュースを吸いながら、ボディビルについて熱心に、分かり易く説明してくれた。
「ボディビルは正しくはボディビルディングと言い、科学的手法により、筋肉を増強し発達させる技術なのです。その歴史は古代ギリシャにまで遡(さかのぼ)ります。古代オリンピックに六十一回から六十六回までレスリング選手として出場し、六連覇(れんぱ)したクロトナのミロは、毎日一キロの道程を牛を担(かつ)いで歩き、逞(たくま)しいボディを手に入れた、と伝えられています」
「そうですか」
 公威は玉利の刈上げた項(うなじ)に清(せい)涼感(りょうかん)を味わいながら、珈琲を口に含んだ。古代ギリシャにユートピアを重ねている公威にとって、興味津々(きょうみしんしん)の話柄(わへい)である。
「中世には基督(きりすと)教の精神至上主義の弊害(へいがい)から、肉体のトレーニングやスポーツは軽視されていました。前世紀末にクーベルタン男爵が近代オリンピックを誕生させるや、ユージン・サンドーなるドイツ人医師が“筋力とその強化法”という書物を出版して、バーベル、ダンベルといった道具を駆使(くし)した筋肉強化法を開発、自ら実践(じっせん)したのです。彼は百七十二センチで、ドイツ人としては小柄でしたが、肉体改造に成功し、ゲルマンの大男共を倒したのです」
 玉利は公威の反応を窺(うかが)っている。
(あと一息だな)
 玉利はそう踏んだ。
「私も体格には、恵まれていませんでした。けれどもほら」
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