剣と日輪
春の雪編命
 夜気に必勝が身を委ねて間もない午前三時。突如起床ラッパの音が宿営を襲った。
(何だ何だ)
 辺りの隊員は素早く戦闘服に着替え、捧げ銃(つつ)の姿勢をとった。闇の安閑は一瞬にして訓練開始の灯明(とうみょう)に切り替わった。
「早くしろ」
 もたついている必勝を見かねた山本が小声で叱咤(しった)する。
「助教が来るまでに捧げ銃しないと、腕立て伏せ二十回だぞ」
「何が始まる?」
「あっ」
 厳しい面構えの自衛官が、灯影をバックに入室する。      
「点呼!」
 の掛声に応じ、入口に直立している者から、番号が発声された。
 必勝は対列の番号が自列の奥に飛び、最後に自分の番が来るのを待って、やや枯れ声で、
「二十一」
 と叫んだ。
「二十一番」
「はい」
「何だその服装は。腕立て二十回始め!」
「はい!」
 必勝は襟を正すと床に這い蹲(つくば)り、骨折の癒えぬ右足を庇いつつ、腕立て伏せをした。
「ようし。気をつけろ」
「はい!」
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