剣と日輪
奔馬編楯の会
 そして六月十五日土曜日がやってきた。この日は午前中小雨で、午後は五月晴れである。市ヶ谷の私学会館ホールには全国から五百名の学生が集い、激励の電報は二十四通に及んだ。必勝は並居る聴衆を相手に演壇に立ち、全日本学生国防会議議長就任の挨拶を行った。
「このたび全日本学生国防会議という、日本の新しい学生運動の自主防衛専門部隊の議長をつとめることになりました森田です。昨年四月に、早大で戦後初めてともされたこの国防部運動は、たちまちにして、全国の眠れる民族派学生を呼び起こしました。全学連と対決し、これを打倒してゆく新しい学生運動の中核体日学同の、いわば実践部隊として、われわれの任務は非常に重大ではないかと思います。本日、我々同志が一同に会しました事は、意義あるものとしなければなりません。この大会は我々の知識を空理空論に終る事なく、体をもって国防につくすのが目的です。国防の根底には自主独立の目的があり、我々はその自主独立を克ち取らねばなりません。その為には祖国愛と認識に目覚めた者でなければならない。明治維新の志士達の様に、純粋な学生だけで国防にあたる事です。皆さん、我々は身をもって国防にあたろうではありませんか」
(森田必勝著日新報道刊わが思想と行動より)
 
 必勝は上気し、冷や汗が頬を伝った。フジテレビが、同日挙行されていた共産主義者の日比谷谷野外音楽堂集会と対比という形で、中継に来ており、マスコミのカメラのフラッシュの数も夥(おびただ)しかった。必勝はその光閃(こうせん)を堪(こら)えながら、無事に挨拶を終えたのである。
 若泉敬、高坂正堯の記念講演、今村均元陸軍大将の祝辞、そして公威の祝辞と万歳三唱で盛議(せいぎ)は幕を降ろした。
 会議終了後必勝を先頭に学生達は靖国神社から港区狸穴(まみあな)町にあったソ連大使館迄デモ行進を敢行した。公威もタクシーでデモ隊の後尾を二キロばかり追い、必勝に、
「頑張れよ!」
 と車窓を開けて手を振り、別れたのである。
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