剣と日輪
 公威は電車が通らない線路を伝い、新宿西口鉄橋上にある線路工夫用の桟橋に腰を降ろして、高見の見物と洒落込んだ。
 楯の会隊員は、刀の柄を握り締めながらも、
「決起の時など来ないのではないか」
 というよろめきにどうしても支配されてしまい、身が入らない。デモ隊の人頭は去年よりも多数ではあるが、彼等のファイティングスピリッツは何故か鈍っていた。昨年の国際反戦デーを目の当りしている楯の会隊員は、それを膚で汲取っている。
 蟻の行進にも劣る共産主義・無政府主義者の反逆は、公威を苛(いら)つかせてせている。公威の観察眼が、ひょろりとした一体の反政府分子に焦点を絞った。ヘルメットに顔隠しなので拝顔できないが、その反政府闘士は単独でデモ隊から離れて機動隊のバリケードにぐんぐん接近していき、放水されては、転がるようにして自陣へ引き返して介抱された後、再び孤独な突進を試み、再度放水にひっくり返され、慌てふためいてデモ隊に逃げ帰った。
(何をやっているのか)
 公威は頓狂な不平分子の、無意味な繰り返しに浅笑(せんしょう)した。
(こりゃ駄目だ。こんなへなちょこ相手に、自衛隊の治安出動なんか有る訳が無い)
 公威は絶望の溜息をついた。共産主義・無政府主義者達の築いた欠陥住宅の如きバリケードは、機動隊に粉微塵にされ、放水と催涙ガスに彼奴等は恐々と逃げ惑い、逃げ遅れた者はとっ捕まって泣き喚(わめ)いている。
(ガキの喧嘩だな)
 実社会の大人に虐められたように、しょげ返った反政府闘士等は、取るに足りない者達だった。
(奴等に期待した俺が馬鹿だった)
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