剣と日輪
暁の寺編刀
 昭和四十五年元旦の寒夜、公威は知人、楯の会隊員、浪漫劇場関係者、山本一佐等を自宅に招待し、新年会を開いた。夜宴は盛会で、公威は、
「黒猫のタンゴ」
 を独唱して、一同を笑い転げさせた。公威の憬れの君丸山明宏三十四歳は、長崎市出身で国立音大付属高校中退のシンガーソングライター、役者である。公威は丸山がゲイバーで働いていた頃からのファンで、二年前に江戸川乱歩原作の、
「黒蜥蜴(とかげ)」
 の戯曲を手懸けた折、熱望して悲劇のヒロインを演じてもらった。同年、
「黒蜥蜴(とかげ)」
 を深作欣二が監督し、松竹で映画化された時には、丸山とのキスシーンを深作と密約して、公威が死体役で出演したエピソードがある。
 丸山はバイセクシュアルである。彼には霊感があった。丸山は自分の手をとってダンスに興じる公威の左肩背後に、軍刀を吊るした軍人の亡霊を発見して、公威にそっと囁いた。
「ダークグリーンの影?」
「そう。貴方の左肩に突っ立ってる。二・二六事件の関係者みたい」
 公威は、
「ほう」
 と興をそそられた。
「英霊の聲」
 執筆時、公威は二・二六事件に関与して処刑された革新将校達の、黄泉(よみ)からの声を聞いた心霊体験がある。
「それは誰だ?」
「事件に斃れた将校達の名を挙げてみて」
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