剣と日輪
「うん」
 公威は安藤輝三、村中幸次、中橋基明、香田清貞と列挙したが、丸山は頭を振った。
「磯部浅一」
「それだ。磯部浅一。其処に居る」
 公威は後方をぞっとして覗いた。何もいない。
 磯部浅一は二・二六事件の首謀者の一人として処刑された、元陸軍一等主計である。山口県出身で享年三十二歳だった。
「居るのか?」
 公威は冷汗をかいている。
「居る」
 丸山は一点を直視している。
「そうか。とりついているのか」
「貴方に色々教えたいの」
「光栄だな」
 礼服の丸山と紋付袴の公威は、ワルツを踊りながら、奇妙な会話を交わしたのだった。
 公威は山本一佐と所詮官僚でしかない自衛隊に、愛想がつきかけているている。山本一佐に御屠蘇(おとそ)を酌しながら、
「楯の会が自衛隊に、剣先を突きつける日が来るかもしれない」
 とマジに予告したりした。
 山本一佐は無言だった。
(三島ならやりかねない)
 と謹厳に受け止めたのである。
「冗談ですよ」
 公威は立ち上がり、招待客に酌をして回ったのだった。
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