剣と日輪
暁の寺編少年
 麗かな早春の息吹が、芽生えていた。二月下旬の日中である。公威が身支度を整え外出しようとすると、家政婦が廊下に神妙な様相で待ち構えていた。
「あの旦那様」
「どうした」
「ええ。それがですね。三時間も前から、高校生の男の子が門前に突っ立って、どうしても旦那様に会いたいって言うんですよ」
「そうか」
 公威は十七年前、未だ二十八歳の時分、面会を強要する労務者風の男に酷い目に遭った過去がある。男は公威に三千円を要求し、ナイフをちらつかせた。公威は隣家へ逃避し、梓が機を見て玄関に錠を下ろしたが、賊はドアーを打ち壊して屋内に侵入、十二もの衣類を強奪して待機させていた小型タクシーで逃走した、という災難だった。
 その強盗は梓が小型タクシーの車番を記憶していたので捕まったが、あれから公威は、
「紹介状を持たない面識の無い人物とは会わぬ」
 と用心を怠らない。
「追い返してくれ」
 公威は不快気だった。
「そうですか。でも」
「でも何?」
「とっても感じのいい礼儀正しい詰襟の少年ですよ。見るからに真面目そうな。決して怪しい人間じゃありませんよ。お会いになってみたら?」
 公威は今迄こんな進言をしたことのないメイドの心を動かした少年に、僅かに興味をそそられた。
「そう?じゃあ玄関の椅子に腰掛けさせて。五分なら会ってやろう」
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