剣と日輪
天人五衰編地獄へ
 銀座のフランス料理店に古賀浩靖が呼ばれたのは、九月九日水曜日の夕(せき)陰(いん)だった。古賀はエスカルゴを、
「初めて食べましたが、さして美味くないですねえ」
 と辛評(しんぴょう)しながらも、兎のステーキには、
「美味いです」
 と平らげていた。
 公威の胃袋は、少年期の倍になっているらしい。常人とは異なり、三十を過ぎてから大食漢となり、好き嫌いも減った。死を決意した壮夫(そうふ)には、何も畏るるものは無い。公威は、
「最終計画」
 のあらまし、方法論をぶちかました。
「市ヶ谷駐とん地で隊員が訓練している最中、私が密かに刀を持ち込む。我々五人で剣を携え連隊長室に赴く。理由は何とでも俺が造る。そこで連隊長を人質にとって、自衛官を一箇所に集める。私が直接彼等に決起の趣旨を訴えかけ、義兵を募る」
 古賀は、
(応じる者はいないだろう)
 と予測しながらも、身を乗り出した。公威はもう吹っ切れたように、
「自衛官が同調し、挙兵することは百パーセントない」
 と断じた。
「私は腹を切らねばならん。その日は十一月二十五日だ」
 古賀は公威の緻密(ちみつ)な頭脳を熟知している。
(自分の命日まで自分で決めねば、気の済まぬ人だ)
 多少微笑ましかった。
 公威も、
「此処は銀座の四丁目だが、俺も御前も地獄の三丁目に差し掛かってるのさ」
 と嘲諧(ちょうかい)した。
< 357 / 444 >

この作品をシェア

pagetop