剣と日輪
花ざかりの森編軽井沢
 それから一週間後の夕方、公威はニ三冊の恋愛小説を携帯して三谷家にやって来た。玄関には荷物が山積みされており、皆多忙なのか祖母が珍しく応対に出てきた。
「これ、邦子さんに」
 公威から書物を授受した祖母は、歯切れよく今後の動向を説明した。
「私共も、信の進言もあり、思い切って軽井沢の親戚の家に、厄介になることにしましたの。ここは知人に貸しまして、その方が経営する会社の寮になるんですよ。明日の晩発ちます。何れ連絡しますから、是非おより下さい」
 祖母は邦子を呼ぼうともせず、話終えた。公威としては、
「お気をつけて。連絡をお待ちしています」
 とでも発言するしかない。
「貴方も、東京は物騒ですから」
 公威が未練を残して踵(きびす)を返すと、
「ちょっと待って下さい」
 という邦子の声がした。公威が振りかえると、帽子入れの箱と本数冊を小脇に抱えた邦子が、荷を投げ出して、階梯(かいてい)を駆け上って行った。
 祖母は、
「はしたない」
 としかめっ面になっている。
「まあ、家中荷物だらけなんですよ。お上げできないのが申し訳ないけど」
 祖母は言訳しながら、奥へと消えた。
 邦子が玄関に立った。
「駅まで送りますわ」
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