剣と日輪
 倭文重がそう締め括(くく)った。鼠(ねずみ)色の夕闇が迫急していた。
 翌日正午、昭和天皇の肉声による玉音(ぎょくおん)放送が、NHKのラジオから流れた。平岡家と倭文重の実兄の一族は居間に集結して、厳(おごそ)かに天皇の、
「堪え難(がた)きを堪え、忍び難きを忍び」
 という日本降伏の声明を拝聴した。
 放送終了後、親族は静かに散り始めた。梓はぼんやりと、
「これからは芸術の世が来る。お前は小説家になった方がいいかもしれん」
 と息を吐いた。
「え」
 梓の落込んだ末の世迷(よまい)言(ごと)に、公威はどう応えたらよいのだろうか。
(もう、何も分からない)
 公威は背筋に悪寒を覚えた。
(俺は生きざるを得ない。もう何も望みの無いこれからを)
 そう見極(みきわ)めた時、公威は二十一年の半生が、脆(もろ)くも崩(ほう)壊(かい)していくのを、確かに聞知(ぶんち)したのである。
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