剣と日輪
 蓮田は南十字星を見上げ、憤懣(ふんまん)やるかたない思いに鬱屈(うっくつ)していた。その上、上官の国賊的行為を目撃してしまった。連隊長は例え話という形式を用いながら、敗戦の責めを、神聖犯すべからざる天皇に押付け、国体を皮肉交じりに揶揄(やゆ)したのである。戦時中ならば軍法会議ものであったが、現情勢下では新たな主人である米国への阿諛(あゆ)となり、身の保全にも繋がるであろう。
 蓮田は中条大佐の発言の心底に横たわる、不浄さを憎悪した。そして覆敗(ふくはい)し、迷妄の渦中にある皇軍に覚醒(かくせい)を促そう、と決心した。
「大佐を誅殺(ちゅうさつ)し、自決して、皇国の捨石とならん」
 蓮田は遺歌を葉書に認めると、八月十九日連隊本部玄関前で中条連隊長を射殺し、ピストルで己(き)身(しん)のこめかみを撃ち抜いた。

「死は文化である」
 と蓮田は従軍前、公威に語った。蓮田の壮烈な最期を聞き知った公威は、
「死」
 と、
「芸術」
 に対する心意を説いてくれた故人の過日(かじつ)の面影(おもかげ)を、脳髄(のうずい)に浮かべた。
 蓮田は、公威を誰よりも高く評釈し、
「君は日本文学を背負う定めにある。脇目を振るな。精進しなさい」
 と指針(ししん)を示してくれた。公威は蓮田の冥福(めいふく)を祈り、蓮田が中国出征中に作した、
「意志」
 という詩を個室で独り吟じた。
「峻嶮(しゅんけん)七百米の峠は雲の中、しかも、雨霧が敵影を遮(さえぎ)る、山岳を切る意志。滑る石みちを上る。雲の中で尖兵が戦ってゐる。濡れた山肌を來て、弾丸がカッと草を切る。萱(かや)の葉の白い露が」
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