剣と日輪
仮面の告白編太宰治
 昭和二十二年一月十四日火曜の夕暮(ゆうぼ)、公威は行き付けのカフェ店内で、珈琲を持て余していた。
「よお」
 アブレゲールのきな臭さに包懐(ほうかい)されたくだけた青袗(せいさん)が、片腕を上げ、公威の向い席に落ちた。
「珈琲とケーキ」
 老舗(しにせ)の菓子屋のボンボン矢代(やしろ)静一は、何時に無く神妙(しんみょう)な様体(ようたい)である。
「君もどう?」
 矢代は間を埋めるべく、ヘビースモーカーの公威に煙草をちらつかせた。
「いい」
 公威は、にべも無い。
「そうか」
 矢代は眉を八の字にし、煙を蒸(ふ)かしている。双方(そうほう)共敵の出方を探るボクサーの心思(しんし)である。やがて矢代は出されたケーキにぱくつき、あれこれと批評した。
 公威はもどかしくなり、
「覚悟はいいかい?君は僕を仇敵(きゅうてき)か、莫逆(ばくぎゃく)の友にしようとしてるんだよ」
 と脅逼(きょうそく)する様な口(こう)気(き)で火蓋を切った。
「脅すなよ。僕はこう見えて、小心(しょうしん)なんだぜ」
 矢代はフォークを置き、外人みたく肩を窄(すぼ)めた。
「はは。自分を知ってるね」
 公威の冷(れい)眼(がん)は、更に冷やかとなった。
「おい、どっかで酒でも飲んでからにしようや」
「否」
 公威はくそ真面目に拒んだ。
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