雪色の囁き ~淡雪よりも冷たいキス~
悠里の言う演奏会は、きっと夢の中だけの出来事ではない。

いつだったか私も、その演奏会に行ったことがあるのだから。


そのとき、私は遼のことをあまり知らなかった。ただ兄に誘われて行ってみたというだけで。

でもその演奏が、涙が出そうになるくらい胸を打つものだったということは覚えている。


あの頃、悠里の髪が今と同じようにボブだったのであれば。

遼が一目惚れした女の子の特徴と完全に一致する。


肩までの長さの髪で、目が大きくて小柄──確かそう言っていたはず。


それに……純粋な子だとも言っていた。


純粋。


それは、悠里にしか当てはまらない言葉だ。


髪の長さは私でも当てはまるけど。

心が綺麗というには程遠い。


もしも悠里が、遼のピアノを聴いて彼のことを好きになっていたのだとしたら。

夢に出てくるほど、恋い焦がれているのだとしたら。


二人は、両想い……?


そう考えると、軽く胸が締めつけられる思いがした。


「そのうち思い出せるかなぁ……」


悠里がキャンバスに描かれた彼を指でなぞり、切ない溜め息をついた。


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