先生は何も知らない
■先生、私は勉強さえ出来ない
 紙面上に所狭しと書かれた数式の上に、川嶋は赤色で三角を記す。ペケにしなかったのは、川嶋のせめてもの優しさだった。

 川嶋はうーんと低く唸る。その紙の一番上に記入された氏名を見つめ、少し肩を落とした。

「川嶋先生、どうかしましたか?」

 その時不意に声を掛けられ、川嶋はビクリと落としたばかりの肩を跳ね上げる。視線を上げれば、隣のデスクの女性教諭が心配そうに此方を窺っていた。

「え、ああ、いえ……」

 川嶋は少し戸惑いつつ曖昧な返答をする。目をぱちくりさせて女性教諭を見る川嶋は、何故声を掛けられたのかをまるで理解していないようだった。

 そんな川嶋の内心を見抜き、彼女は続ける。

「先程から溜め息ばかり吐いていたようですけど……何か気に病むようなことでも」

 そう言いつつ川嶋のデスクを覗いて来た彼女は、あっと声を洩らした。

「この生徒、最近よく川嶋先生に教わりに来ている子ですよね? 斎藤さんって」

 川嶋は手元の赤い修正だらけの数学のプリントを見つめる。
 半分も取れていない。
 無意識にまた一つ溜め息を吐いた川嶋は、どうすれば斎藤にも分かるように教えられるのかとひたすら考えるのだった。
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