好きだと、言って。①~忘れえぬ人~
アパートにほど近い路地裏で、
唇に触れた柔らかい感触が蘇ってきてしまい、私はその場に立ち止まった。
抱えていた荷物を足下に放り出すように落として、震える両手で、自分の唇をそっと覆い隠す。
分かっている。
あれは、特別な意味のある行為じゃない。
ただの人命救助。
私じゃなくったって、赤の他人だって、伊藤君は同じ行動をとっただろう。
彼は、そういう人間だ。
恋人を、友人を平気で裏切れる、私みたいに最低な人間じゃない。
私に、浩二をとやかく言う資格なんてありはしない。
別に浩二に強制されたからじゃなく、私は、自分の意志で伊藤君と出かけたのだから。