好きだと、言って。①~忘れえぬ人~

生きるって、


なんて、恥ずかしいことなんだろう――。


今それを、私は、骨身に染みて実感していた。


あろうことか、仮にも婚約者のまえで、他の人の寝言を言うなんて。


穴があったら、入りたい。


「……ごめんなさい」


他に、直也に対して、言うべき言葉が見つからない。


たとえ、心の奥に秘められた、プラトニックな思いであっても。


ううん。


プラトニックな思いであるほど、


それは、裏切りに他ならないのに。


『好きでもないのに好きなフリをして、結婚しちまおうなんて根性の人間は、卑怯とは言わないのか?』


いつか、浩二が私に言ったあの言葉。


あれは、半分当たっている。


私は、卑怯だ。


確かに、直也を好きだけど。


伊藤君を思うようには、直也を思うことはできない。


それを分かっていて、


それに目を瞑って、


直也との結婚に逃げようとした。


本当、卑怯で情けない女――。


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