アリスズc
∠
「どうして、エンチェルクを推薦したんだ?」

 宿でのこと。

 部屋は、ふたつ取る。

 ひとつは、テルとヤイクの部屋。

 もうひとつは、エンチェルクの部屋。

 ビッテは、部屋はいらないと言った。

 彼は、テルの部屋の前を守るというのだ。

 宿の取れた夜は、ヤイクと同室になる。

 話す時間は、たっぷりあった。

「唐突ですね」

 向かいの寝台に腰かけたまま、ヤイクは短くなった自分の髪を確認するように引っ張る。

「どう見ても、貴公はエンチェルクに嫌われているからな」

 それを、聡い彼が自覚していないはずがない。

「足も速いし仕事も速い。体力もある。おまけに、食事も作れて剣も握れる…適材だったからですよ」

 ヤイクは、すらすらと言葉を並べたてた。

 なるほど。

 たとえ、自分が嫌われていたとしても、そんなことで仕事をおろそかにする人間ではないと分かっているのだ。

 言葉を交わさなくても、付き合いの長い二人である。

 お互いの仕事の腕だけは、信用しているのだろう。

 ただ。

 テルは、それを丸呑みしかけて喉を止めた。

 そのまま、じっとヤイクを見る。

「何ですか?」

 その視線を投げられることを、不本意そうに彼は言葉を返す。

 違和感を、覚えたのだ。

 いつものヤイクにしては、何か足りない気がした。

 そして、分かった。

 そうか、と。

「エンチェルクのことを話す時には…毒が混じらないのだな」

 それが少しおかしくて。

 テルは、笑みを浮かべてしまった。

「いつもは、まるで毒が混じっているようにおっしゃいますな」

 皮肉に上がる唇の端。

 まさに、それをテルは『毒』と言っているのだ。

 ただ、彼には分かったことがあった。

 ヤイクにとってエンチェルクという女性は──何か特別な意味を持っているのだ、と。
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