1970年の亡霊
 朝岡由美子は、昨年の秋に警視庁特別捜査官枠で入ったサイバーパトロール課員だ。彼女が主に担当している部署は、ネット上での不正動画監視である。児童ポルノの問題が深刻化している現在、彼女の責務は大きい。本人自身、それを痛い程感じているし、遣り甲斐も感じていた。

 元は小学校の教員を二年ばかりしていた。子供の頃から教職に憧れを持ち、念願叶ってその職に就きながら、僅か二年で教職を離れたのは、理想と現実とのギャップに付いて行けなくなってしまったからだった。

 教職を離れ暫くぶらぶらしていた時に、親戚からの勧めで、警視庁特別捜査官の仕事をやってみないかと言われた。話を聞けば、青少年に有害なサイトや書き込み等を取り締まる仕事だという。

 元々、子供の教育というものに、自分の未来を見出そうと志していた朝岡由美子であったから、採用試験を受ける事に躊躇いは無かった。

 こうして朝岡由美子は、特別捜査官の仕事に新たな生き甲斐を見出していた。

 その彼女をこの世界へ引き込んでくれた親戚とは、10.1テロで殉職した下山課長であった事を知る者は少ない。

 自分にこの仕事を勧めてくれた下山課長が、サイバーパトロール課に異動となった時は、素直に喜んだ。下山は、異動して来ると直ぐに彼女を呼び、

「僕はコンピューターに疎いから、宜しく頼むよ」

 と言って頼りにしてくれた。そして、極秘任務だからと、あるコンピューターを監視する役目を与えられた。この事で、頼られる喜びと遣り甲斐を一層感じたのは、言うまでも無い。恩人とも言える下山課長が殉職した今、彼女はそれまで以上に職務へ没頭するようになっていた。

 今朝もいつも通り不正動画やサイトの監視をしていた。そこへ、突然三山が血相を変えて迫って来たのである。

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