1970年の亡霊
 その売人の名前をタカハシという。勿論、本名では無い。

 加藤は直接タカハシを検挙した事は無いが、その名前だけは以前から知っていた。

 大元の売人では無いと本人は常に言っているらしいが、誰もその言葉を信じてはいない。

 彼が持っている様々なルートがそれを裏付けていた。

 表向き、ただの仲買人を装ってはいるが、麻薬取締りの捜査官達は、タカハシが今の東京に於ける卸元だとみている。

 だが、彼は簡単に尻尾を出さない。巧妙に幾重にも仲買人を挟み、絶対に自分へ捜査の手が及ばないようにガードしていた。

 二十年前に一度だけ捕まった事があってから、二度と官憲の手に掛からないよう、細心の注意を身辺に払っていた。

 そういった人間と簡単に会える程、警察の情報網が出来上がっていたかというと、実はそうでもない。日本には、アメリカなどのように司法取引というものが無いから、大物の内通者というものが出難いのも一因と言える。

 だが、加藤にはタカハシに繋がる伝手があった。

 機捜時代に捕まえた末端の売人に、佐川というチンピラが居た。何くれと面倒を見たりした事もあって、逮捕当初は完全黙秘をしていた佐川だったが、最後は加藤の情にほだされ、加藤にだけは、ある部分を除いて供述した。

 そのある部分がタカハシとの関わりであった事は間違い無い。

 佐川は新宿のゴールデン街で飲み屋をやっている。佐川の線からなら、何とかなるだろうと加藤は思ったのだ。

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