1970年の亡霊
 新宿区役所の向かいに口を開けた路地の入り口。

 そこを入ると、無数の小さなバーやスナックが軒を並べた一角がある。

 加藤は微かな記憶を頼りに、路地の奥へと入って行った。

 一時の暴動騒ぎでは、荒らされたり壊されたりした店舗が多い中で、無事に残った店は、騒動が収まると早々と店を開けて営業を再開していた。

 表通りには、未だシャッターを閉めたままの店舗やビルが多い中、彼等の逞しさを加藤は垣間見た気がした。

『BAR紗江』

 その看板を見つけた加藤は、僅かに覗ける扉横の窓に顔を近付け、中の様子を窺った。

 出来れば他に客が居ない方がいい。隙間から見えた店内には、男と女がカウンターの中に居た。

「よお」

 木の扉を開けながら、加藤がそう声を上げた。

 少し驚いたような表情を見せる男。

 佐川だ。

「お久しぶりです」

 そう言って頭を下げたのは女の方だった。

「元気そうだな」

「ええ、まあ……」

 俯き、来て欲しくない人間が来やがったという思いが、口調に表れていた。

 女がそれを察し、取り繕うように愛想笑いを浮かべた。

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