1970年の亡霊
「あんた、ほら……」

 女に促されて佐川が加藤の前に来た。

「もう自分はシャブ弄っていませんよ。こうやって女房と細々と店をやっているんで……」

「そのようだな」

「すみません、散々加藤さんにはお世話になっていながら、ご無沙汰ばかりしていて」

 女房らしい女がそう言って頭を下げた。

「別に大した世話もしてねえよ」

「旦那、わざわざこんな場末の店へ顔を見せたのは、どういった用件なんです?」

 頼みもしないのに、女房が気を利かしてビールを差し出し、グラスへ注いだ。注がれたビールを一気に飲み干し、加藤は徐に口を開いた。

「お前の名前は絶対に出さない。タカハシと接触する手立てを教えてくれないか」

 佐川は加藤を無視するようにして煙草を咥えて、ふうと大きく紫煙を吐き出すと、

「もう俺は関係無いんで……」

 そう一言だけ言って再び黙りこくった。

「ぱくるつもりじゃないから、お前には一切迷惑は掛からねえ」

「……」

「俺を信用しろ」

「デカは信用しないんで……」

「この俺でもか?」

 佐川は今にも朽ち果てそうな天井を見つめ続けた。
< 253 / 368 >

この作品をシェア

pagetop