1970年の亡霊
「お前がタカハシの名前を最後まで喋らず務めに行ったからこそ、あいつはまだのうのうと売人やれてんだろ?なあ佐川、何年務めた?五年だったか?いや、六年か?」

「五年と八ヶ月……」

「どっちにしたって長かったよなあ……。奴への借りは、もう支払い済みじゃねえのかい?」

 加藤と佐川の話が穏やかじゃなくなって来たと感じた女房が、気を利かして入り口に鍵を掛けた。加藤は軽く手を挙げ、女房へすまんなという仕草をした。

「俺を信用してくれるんなら、奴にこう言ってくれ。狙いはお前じゃないと」

 そう言って、加藤は一枚のメモ紙を差し出した。

「ここに書いてある名前に聞き覚えが無いか、それだけでも教えてくれと伝えてくれ」

 加藤はそのメモ紙と一緒に、一万円札をカウンターに置いた。

「旦那……」

 席を立ち上がった加藤に、佐川がメモ紙と一万円札を突き返した。

「もうあいつとは関わりが無いんで。それに、ビール一本で一万も置かれたんじゃ、後が怖い……」

 そう言って、佐川は加藤が差し出したメモ紙の裏に、電話番号を書いた。

「週末は、この電話番号の店に顔を出している筈だ。間違ってもタカハシという名前を口にしたら駄目だ。そこではオオヤという名前だ……」

「すまん」

 加藤はメモ紙をポケットへ捻じ込み、一万円札を置いたまま店を出た。
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