1970年の亡霊
失踪
 警視庁板橋署の受付に現れた中年女性の話を、係りの者は最初、半信半疑で聞いていた。

 よくある身内の失踪。

 そんな内容であった。

 仕事や家庭の事情で悩みを抱え、妻や家族、友人に相談する事無く、突然蒸発する人間は多い。

 話の内容に事件性を特に感じなかった事もあり、尚更、係の者はおざなりの態度を取っていた。

「行方不明者として各部署へ当たってみますので、もう一度ご主人のお名前、年齢、職業、それと身体的特徴、最後に家を出られた時の服装を教えて下さい」

 何処までも事務的な態度。

 受付の前で深刻そうな表情をしている中年の女性は、その事に気付いていない。

「名字は、垣根の垣に山崎の崎と書きまして、カキザキです。名前は、剛に歴史の史で、ツヨシ。年齢は五十七歳。仕事は自衛官です。最後に家を出た時には、勤務でしたから制服でした。身体的特徴は……」

 失踪者の妻だと名乗った中年女性の横に、一人の男が近付いた。

「波多野君、この方からもう少し詳しく話を聞きたいから、奥の三番の部屋へ案内してくれたまえ」

 名前を呼ばれた係の者は、上司におもねくように椅子から立ち上がり、それまでのやる気無さ気な態度を一変させた。

「奥さん、お手間を取らせて申し訳ありません。同じ話をもう一度させてしまいますが、あちらの部屋で詳しく聞かせて下さい」

 近付いて来た男は、見るからに刑事だと判る眼差しをしていたが、その物腰は厳つい表情とは間逆であった。







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