亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
上手く力の入らない両足でフラフラとしながらもなんとか立ち上がり、物寂しい自分の寝台の傍にある、一回りも二回りも小さなもう一つの寝台に歩み寄った。
覗き込んだ寝台からは、甲高い途切れ途切れの声が漏れている。
こちらを見下ろしてくる母の泣き顔を目にすると、少しの間を置いて赤ん坊は瞬きを繰り返した。
ふっくらとした白い頬を指先でなぞり、アシュは泣き顔の様な笑顔の様な、どちらとも付かない表情を浮かべた。
「………会えるのよ…ザイに会えるのよ。………貴方のお父さんですよ―……楽しみね。……彼、びっくりするでしょうね。…ねぇ?」
笑みを向ければ、赤ん坊は小さな声を漏らした。
…紙縒りには、たった一行だけ。
―――『今宵』とだけ、綺麗な文字が、刻まれていた。
…一年。別れてから、約一年経っている。
短いようで長い歳月が過ぎ去っても、自分は彼を一日足りとも忘れはしなかった。
何度も死のうと刃を片手に目をつむった。自分の血も、もう見飽きていた。
…だが、妊娠していることが分かり…アシュは言葉では言い表せない幸福を感じた。
困惑に満ちた周りの目など、気にしない。関係ない。ただ、産みたい。この子は自分の子。自分と彼の子。産んであげなければ。
その一心で、アシュはどうにか子供を産んだ。
生まれてきた赤ん坊は、自分と同じ青みがかった綺麗な銀髪で…つぶらな瞳は深い紺色の、なんとも綺麗な子供だった。綺麗な、男の子だった。
ただ、幸せだった。
白い目で見てくる乳母や召使達にも、この幸せを分けてあげたいと思うほどに。
………だが、突然の婚約破棄が決まったと同時に、婚約者側の人間から真実を聞いたのか…怒り心頭した父によって、その幸福は見事に砕かれた。