亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


ハイネに背を向けたまま隠れる様に、ドールは自分の開いた両手をじっと見下ろした。
…女の子の手とは思えない傷だらけの、妙に痛々しい小柄な手。
昔は傷なんて無かったのに…。

躊躇いも無く何処かに置き捨ててきた遠い昔の思い出が、未練がましく脳裏を掠めていくのに苦笑を浮かべ……ドールはポツリと頭の中で念じた。


(―――………おいで…)







…誰にも聞こえない筈の、ドールからの誘い。
その音無き声に応えたのは………ゆっくりと彼女の手の平から生まれ出た、真っ赤な蝶だった。



少女の手の平に収まるそれは、仄かに煌めく鱗紛を散らす真っ赤な薄い羽根を微かに震わせ、大きく見せようと精一杯広げていた。

凛とした可愛いらしい真っ赤な蝶を指先で優しく撫で、ドールは息を潜めてじっと………その羽根を、見詰めた。
限られた小さな視界を覗き込むドールの顔は、次第に悲しみを帯びていく。








(………お父…様)















微動だにしない彼女の真っすぐな視線は蝶に注がれ、その瞳は………我が父の姿を、映していた。







真っ赤な蝶の羽根は、模様とは明らかに違うものが浮かんでいた。


朧げな………人間の姿が、そこにはあった。

…暗い、空間。

中央には壁に横たわる、男の姿。

伸び放題の茶色の髪と髭に、そこから覗く生気の無い虚ろな瞳。
力無く前に垂れた頭は一向に動く気配は無く、男の視線は床にしか注がれていない。暗い地面しか見ていない。

いや、何も…見ていやしない。




幾筋もの痛々しい蚯蚓腫れが刻まれた腕や胸元が、嫌でも目についてしまう。

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