君に幸せの唄を奏でよう。
――
―――――
『お母さん!見てカニさん捕まえたよ!』
『待ってよ~お姉ちゃん!』
幼い頃、あたしと弟の“音夜”(おとや)とお母さんで、よく河原に来ていた。お母さんはいつも微笑みながら、あたし達を見守り続けてくれた。
『えっへん!音夜凄いでしょ』
あたしは、捕まえたカニを自慢したくて音夜に見せる。
『うわッ!お母さん!』
音夜はカニにビックリして、泣きながらお母さんに抱きつく。
『あらあら。大丈夫よ、 音夜』
お母さんは、優しく音夜の頭を撫でながら言った。
『これぐらいで、怖がってどうするのよ』
『だって~、カニ気持ち悪いんだもん』
音夜は泣きながら、嫌々と首を横に全力で降り続ける。
『まぁまぁ、唄希。音夜は、まだ小さいから怖いのよ』
『あたしは、大丈夫だもん』
『唄希が大丈夫でも、音夜にとっては大丈夫じゃないのよ』
なんだか、お母さんに怒られたような気分になった。どうしたらいいのか分からなくて、ただ下に俯いていたら。
『お母さんは、唄希が悪いって言いたいんじゃないのよ』
お母さんは、あたしの頭を撫でながら言ってきた。
『うん』
『じゃあ、カニさんとばいばいして手を洗ってらっしゃい』
いつものお母さん笑顔を見て、安心する。
『うん。ばいばいしてくる』
あたしは、カニを拾った河原に戻った。
『カニさん、ばいばい!』
カニを戻して、川の水で手を洗う。急いで、お母さんの所に戻る。
『お母さん、ばいばいしてきたよ!』
『しーっ』
お母さんに言われ、慌てて手で口を押さえる。お母さんの膝の上で、音夜が眠っていた。
『音夜寝ちゃったんだ』
『だから静かにね』
音夜を起こさないように、静かにお母さんの横に座る。
『お母さん。あたしね、この場所が大好きだよ』
あたしの言葉を聞いたお母さんは、少し哀しそうな顔をする。
『お母さんも、この場所が大好きよ。だって、大切な場所だから……』
『大切な場所?』
『そう。ここには、いろいろな思い出があるの。楽しい事や悲しい事も……』
お母さんは、どこか哀しく遠い目で川を見つめた。
『お母さん?』
このまま、お母さんが何処かに行っちゃうような気がして、不安になって声をかける。
『何でもないわ。さて、帰りましょう』
お母さんが、無理して笑う。その姿が、とても寂しく感じた。いつものように、笑ってほしかったから――――。
『で、でも、あたしにとっては、楽しい場所だよ!』
自分で何を言いたいのか分からなかったけど、幼いあたしの精一杯の言葉だった。
『……そうね。あなたの言う通りよ。ここは、お母さん達にとって、楽しい場所よ』
お母さんは、少しだけ元気を出してくれたみたいで、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
『いいこと思いついた!!秘密にしよう』
『秘密?』
お母さんは、不思議そうな顔をする。
『うん。ここは、お母さんとあたしと音夜の思い出の場所にするの』
『いい考えね、唄希』
お母さんが、ふんわりと優しく微笑んだ。それが嬉しくて、あたしも微笑み返す。
『あたし、お母さんの笑顔が大好きだよ。だから、お母さんに悲しい事させる奴がいたら守るから!』
お母さんはビックリしていたけど、すぐに笑顔をになって、「ありがとう」って言いながら、ぎゅっと抱きしめてくれた。
『……?どういたしまして!』
お母さんの言った意味は分からなかったけど、何だか嬉しかった。
『そろそろ帰ろっか。お父さんも帰ってくると思うし、今日は花田さんからシュークリーム貰ったから家帰って食べよっか』
『うん!』
お母さんは、寝ている音夜を起こさないように背中に抱っこをする。あたし達は、家へと向かった。優しいお母さんと過ごす日々は、大切で幸せだった。