闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 何でも知っているというのが言葉のアヤだとしても、聞いてみる価値はあるかもしれない。
 その結論に行き着いたエナは相変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けているジストの目を真っ直ぐに見つめた。

 「掲示板のさっきのアレ。誰に宛てた伝言か知ってる?」

 乗り出して、探るような目を向ける。だが、前屈みになることでエナのなけなしの胸の谷間がサービスされているせいか、彼との視線は一向に合わない。

 「え? 彼氏じゃないの? じゃあ脈あり? あ、もしかしたら運命の人探し!? つまりはジストさん宛!?」

 目を合わせないままの、見てくれだけはピカイチの男の口から出てきたのは相変わらず的外れな言葉。
 本音の見えない、笑顔で隠されたその返答に、ああっ、とエナは両手で頭を掻き毟った。鎖骨までの黄檗(キハダ)色の髪が散り、またすぐに元に戻る。

 「知ってんの、知んないの!?」

 エナが焦れる様子を楽しそうに見つめたジストは、形の良い唇に弧を描いた。

 「――知ってる、よ」
 「だから、真剣に答えろって……え!?」

 予想外のまともな返事にエナは一瞬何を言われたのか理解できず、言葉を飲み込んだ。
 エナがあの掲示板で呼び出そうとしているのは、とんでもなく有名で、とんでもなく秘密主義の人間だった。名前は知れ渡っているが、呼び出し方法はおろか性別や年恰好すら表沙汰になっていない人物。いくら情報屋を名乗る男でも堅気の人間が知るはずもない、闇社会に君臨する人物だ。
 エナの視線はより注意深くジストの表情を探る。

 「なら答えて。アレは誰を呼び出す為のもの?」

 ジストは肩を竦めた。

 「こんなところでそんなこと、言えないよ。誰が聞いてるかわからないからね」
 「……」

 本当に知っているのかいないのか。ジストはのらりくらりと核心を避ける。
 このままでは埒が明かない、とエナは質問の方法を変えることにした。

 「そいつがどういう奴だか知りたい」
 「報酬は?」

 報酬次第では答えるということだろうか。
 ジストはジャケットのポケットに手を突っ込み、煙草を取り出した。

 「吸うの?」
 「ああ、エナちゃん煙草、嫌い?」

 鼻の良いエナにとって、煙草は天敵だった。エナは思いっきり顔を顰める。
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