闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 疎(マバ)らな星と、西に傾いた月が細い弧を描くだけの暗い夜空。
 何隻かの船では宴会が行われているようだったがエナが目指す船の上からは、灯りがぼうっと見えるものの人の話し声は聞こえない。
 「……」
 少女はきょろきょろと辺りに注意を払いながら船の渡し橋を腹這になって登り始めた。
 途中で桟から飛び出ている甲板へと飛び移り、ぶら下がる。
 白のベアトップに真っ赤なミニスカート、腰に巻かれた釣り糸が幾重にも重なったような銀の細ベルトに付けられた小さな鞄、革ベルトで背中に固定された武器に、編みタイツに音を消す加工が施されたスニーカー。
 目立ちたいのか目立ちたくないのかよくわからない格好ではあるが、これが少女の仕事の主な正装だ。
 腕だけで自身の体を持ち上げたエナは慎重に船の上の様子を窺った。
 いくつかのカンテラが灯っているだけの船上は暗く、色違いの瞳が闇夜の中で肉食獣のそれのように煌めく。
 まるで屍のように無造作に寝転がって鼾を上げている男たちの向こう側、海側の桟に背を預けた二人の男が小声で何かを話しているのが見えた。
 ――ちっ。あいつら、酒飲まなかったんだ。
 エナは鼻に皺を寄せて心中で呟いた。
 夕刻、義手の青年と影団とのいざこざを見たエナがまずしたことは、影団が酒を買い付けた店を探すことだった。
 そして影団に成りすましたエナは追加で酒樽を注文し、酒質を確かめたいとかなんとか理由をつけて酒蔵に見事侵入を果たしたエナはコックを引き抜き、そこから遅効性の睡眠薬を混入したのだ。そして、薬の入っていない酒樽を「先に持っていく」と言い、引き取った。その際、後で店の者が影団と会った時にエナの話が出ないように上手く根回しもしておいた。完璧な手筈だと思っていたのだが、酒を飲まない男たちが居るとは。
 「海賊が酒飲まずして何飲むのさ」
 偏見の塊である愚痴を零し、エナは甲板に掛けた手を横にずらし移動していく。男たちの死角を探しながら。
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