闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「……金の髪に額充てに銀の義手……冬の空色の目……。凄腕と評判の傭兵がコソ泥とはな」
 「傭兵じゃねェ。剣士だ」
 どうやらゼルという男はそれなりに名の知れた傭兵だか剣士だかであるらしい。
 きっぱりと言い直したゼルにエナは肩を竦める。
 「剣奪われといて何が剣士だ」
 「うるせェよ! テメェが口挟むな!」
 余計なことを、と恨みがましい視線にエナはこれ見よがしに驚いて見せた。
 「うるさいって? 誰のせいでこんな面倒なことする羽目になったと思ってんのよ」
 ゼルは眉を顰めた。わけがわからないといった表情のゼルにエナは一縷の望みを賭けて、ぽん、とゼルの肩を叩いた。
 「ゼル!」
 「ンだよ……気安く呼ぶんじゃね……」
 その言葉を遮る。
 「捕まらないでよ、面倒だから!」
 言うが早いか、エナは駆け出し、船の海側の桟に飛び乗った。
 「!?」
 「じゃ、後よろしく」
 振り返りにっこり笑うとエナは躊躇うことなく海へと飛び込む。
 目をこれ以上無いという程に広げているゼルの表情が、はっきりと脳裏に焼きついた。
 体を襲う無重力。慣れることのない感覚にエナは顔を引き攣らせながら水飛沫をあげた。
 足から真っ直ぐに飛び込んだが荷物を持っている為衝撃は大きく、エナは飛び込んだ早々咳き込む羽目になる。
 「げほっ」
 肩に掛けていた細ベルトが首に食い込み血が滲み、潮水が傷を熱くする。だが丸腰の剣士に全てを押し付けて戦線離脱を果たした代償としては安すぎる。
 「……っつ」
 痛みに目を細めたエナは大きな船を一度見上げるとそれを背に泳ぎ始めた。
< 35 / 115 >

この作品をシェア

pagetop