闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 もたもたしている時間は無いのだ。
 エナは水中で靴を脱ぎ捨てた。
 服は元々肌に沿う軽装であった為さほど問題は無いが靴は邪魔だ。
 荷物を下げて、しかも片手には剣を持っている状態なのだから、せめて少しでも身を軽くしなければ体力は見る間に奪われてしまう。夏とはいえ、夜明け前の海水は驚くほど冷たいのだから尚更だ。
 しかも船着場に上る階段が何処にあるかわからない以上、何時間泳ぎ続けることになるかわからない。
 荷物を手に持ち替えて沈みそうになる体を腕の力だけで持ち上げ、息継ぎを繰り返しながらエナは少しずつ進んでいく。
 それから、どれ程の時間が過ぎただろうか。
 影団の船は遥か小さくなっているというのに、まだ岸に上がる道は見つからない。
 ――ああ、もう!
 エナは心中で毒づき続けていた。
 苛々するのは泳ぎ辛いせいだけでも、消耗した体力のせいだけでもない。引かれる、後ろ髪。
 意識がどうしても船に置いてきた青年から離れない。
 自身で選んだことだというのに、その結果に心がざわつく。
 泳ぎ続けるしかない現状の中において、思考はどうしても青年のことに流れてしまう。
 彼はどうなるのだろうか、と。
 いくら彼が多少名の通った剣士だったとしても剣が無い状況では、そんな名声など役に立たない。それでなくとも相手はBランクの海賊。彼に一体何が出来るというのだ。
 ――また、この手を血で染める?
 それは自問というより自責に近いものだった。
 自分の手を汚さないまでも、一体この命にどれ程の血が流れてきたのか。どれ程の犠牲を強いてきたのか。
 考えるだけで、このまま海底に沈んでしまいたくなる。
 誰かを踏みつけて生きる価値を、この命にどうやって見出せというのか。
 ――それでもあたしはこの命、捨てられない。
 自分以外の命が肩にどれほど重く圧し掛かっても、死を選ぶことは出来ない。
 だからそれ以外の命の全てを切り捨てるというのか。仕方ないと諦め、自身が抱える後ろめたさにも目を瞑れと?
 鬩ぎ合う二つの心。答えなど何処にも無い。
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