闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「馴れ馴れしくエナだなんて呼ばないでよ、ジストさん嫉妬深いんだから」
 無駄口を叩く間があればさっさと行動に移して欲しいというのに、嫉妬だなんだと全く苛々する。だがもはや彼女には文句を言う余裕すらも残されていなかった。
 「ジス……」
 罅(ヒビ)割れた声が辛うじて名前らしき形を取る。力の入らない其れをジストは的確に聞き取った――心の声までも。
 「わぁかったって。そんなに怒らないの。皺出来ちゃうよ?」
 命の瀬戸際に皺などと悠長な話が飛び出した時、人は殺意を覚えるものなのだと彼女は知った。
 睨み付けるが、他人の感情の機微に無頓着らしいこの男はにっこりと笑顔を披露しながら近寄ってくる。毒にさえ侵されていなければ、確実に殴っていたとエナは思う。
 「あ、いいねその顔。そそられちゃうな」
 ジストはそうおどけて、ゼルを振り返る。
 「こんな感じでジストさんてばエナちゃんラブなもんでね、エナちゃんが死んだらもれなく“責任”取ってもらうから。――お前も、下手打つんじゃねえぞ?」
 責任という言葉にとてつもなく不穏な臭いを漂わせて彼はにやりと笑った。
 「……なんっかメンドクセェ男だな」
 エナの心中を代弁したかのような、力いっぱい頷きたくなる感想を述べながらゼルは死神を正眼に見据える。
 「オレは、借りは返す主義だぜ」
 それはエナに対してか死神に対してか、はたまた両方か。
 死神との対峙に集中したゼルに「暑苦しいねえ」と肩を竦めたジストはエナの顔を覗き込み、彼女の広めで丸みのある額に手を当てた。
 「エナちゃん、大丈夫?」
 「……に、見える……?」
 声に恨みがましい色が混ざるのは仕方なかろう。ジストが無駄口を叩いている間にも刻一刻とエナの体は毒に侵食されているのだ。
口以上に目で語ってしまうエナに、ジストはくすりと笑った。
 「見えない、かな。ああ、体温も少し高いし、脈拍もちょっと速いね。傷見せて。何の毒だとか言ってた?」
 小さな声で蜘蛛だと答えると、ジストは傷口を見ながら首を捻る。
 「へえ? 蜘蛛。っても、色々あるしなあ。症状は?」
 話を聞くだけでも辛い状況だというのに喋らせないで欲しい、とエナは思ったが医術の心得でもあるのかもしれないと縺(モツ)れそうになる舌を必死に動かす。


< 77 / 115 >

この作品をシェア

pagetop